形骸化した「殺処分ゼロ」

07 23, 2016
― 長いです ―

もう終わりましたが
参議院選挙の時に犬バカな私が、
旦那や父、知人の数名から言われたこと。

「あの人、殺処分ゼロを公約にあげてるね」

うん、いましたね。
でもね、「殺処分ゼロ」なんて言葉で公約にあげる地点で、
もうまったく、信用なくなるわけです。

で、毎回言われる度に説明したことを、
SNSだけでなくここにも書いておこうかなって思いました。
犬ブログだし!



そもそも「殺処分ゼロ」というスローガンが生まれたきっかけは
2012年の動物愛護管理法改正です(2013年施行)。
この改正で、動物取扱業者からの引き取り要請に対して、
行政(保健所)は引き取りを拒否できるようになりました(第35条)

2014年には熊本市と札幌市が犬の殺処分ゼロ、
神奈川県が犬猫ともに殺処分ゼロを達成したと発表しています。

では、引き取りを拒否された犬猫はどこへいったのか。
となると決して明るい話ではありません。

結局のところ愛護団体等へしわよせがいき
犬の引き取り屋が台頭して「犬の回しっこ」へとつながっただけです。

1頭2~3万で引き取られ、転売する犬もいれば、そのまま飼殺される犬もいる。
「あとは死ぬだけの金にならない犬を引き取るバカは誰か」
そんな程度の思いで、だまし合いながら、命を命とも思わないまま、
犬を使ったババ抜きのようなことが繰り返されているだけです。
このことは、2014年以降、ニュースに度々上がる犬の大量破棄事件からも推し量ることができます。

いま、「殺処分ゼロ」という聞こえのいいスローガンによって、
保健所に保護され新たな飼い主に引き取られたほうがいいと思われるような境遇のペットも拒否される可能性に、
有識者たちは大きな懸念を抱き、警鐘を鳴らしています。

つまり、殺処分ゼロを達成したところで、不幸な犬の数は変わらないどころか、
増えている可能性もあるということです。


それが現状、「殺処分ゼロ」という言葉の意味するところです。



ちなみに、パピーミルと呼ばれる悪徳業者を根絶できない現状や、
動物愛護のための法改正も抜け道だらけになってしまう背景には
ペットショップでの販売を主とした大量生産大量販売というビジネスモデルがあると、
このことで取材した方はおっしゃっていました。

本当にそうだと思います。

展示された犬猫たち、その一頭一頭に感情があり、生きている。
すべての犬がヒエラルキーなく等しい存在に違いない。
ペットショップで売られる犬にだって、よき人間に買われ、幸せな生涯を生きる権利は当然ある。
彼らに罪はまったくない。
でも、それでも、ホームセンターを筆頭とするペットショップで犬を買ってはいけないし、正当化してもいけないと思う。
(過ぎたことではなく、これからのこととして)


わたしは、犬の展示販売をするような場所では
オヤツひとつだって買いません。

そして犬好きの自分にあとできることは、
犬のことをよく知らないという人にも、ペット産業の現状を広めるとともに
犬の素晴らしさを伝えることだと思っています。

そしていま日本に求められること、求めたいことは、
形骸化した殺処分ゼロというスローガンではなく、動物の福祉の向上です。




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バレる時代

05 19, 2016
--犬ブログじゃないです--


学生の頃によくあがった話題。
今でも極稀に話にあがる。


「浮気はどこから浮気か」


読んで字のごとく気が浮ついたらもう浮気、
二人だけで会ったら浮気、手をつないだら浮気、
キスしたら浮気、セックスしたら浮気・・・



私は一貫して〝バレたら浮気〟派。


バレていない=その事実が存在するとしても、存在していないわけだから。
逆に言えば、バレなきゃ何してたって浮気じゃない、と思っている。



・・・

最近、ニュースを見ていると、心底バッカだなあって思う。
なぜそんなに脇が甘いのか、甘くなれるのか。

いまはこんなにも「バレる時代」であるのに。


グレーゾーンを突き進む悪しき習慣は
ほとんどすべて、と言っていい程バレる。
身近にも心当たりがあるけど……


バレる時代であるということを認識して
ロジックを再構築しなさいよ、と思わずにいられない。
おまえはアホか、と。



14年夏の集団的自衛権の一件の頃から、どうもきな臭い。
どうでもいいことから重大と思われるようなことまで。


東京オリンピック2020、経済効果30兆円。
支出、29兆円あたりまでは許容なのだろうか。
まあ、実際問題、今更なしに、とはいかないだろうけども。いくのかな。


「性懲りもない不正で日本の五輪開催はこれが最後か」伊東 乾



たのむよえらい人。
バレるくらいなら、最初から浮気なんてしないでおくれ。





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テ「大丈夫。ボクは母ちゃん食べるの一筋だから!」


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やめる勇気とはじめる覚悟

08 26, 2015
 【犬ブログじゃないです】
自分用に備忘録的なものとして。


昨晩は天候としての嵐だけでなく、
なんだか自分でもよくわからない
経験したことのない感情の嵐に襲われました。
奇声を上げたいのをこらえるのが大変だったくらい。

そしたら夢に
空を飛び回る無数のドラゴンが登場。
ちなみにものすごい雷雨という状況でした。

超SF。



夜の感情の渦と夢の内容・情景が
リンクしているように感じられて、
ネットで「夢占い ドラゴン」と検索。


+++
想像上の生き物であるドラゴンの夢は、生命力、創造力、潜在能力、性的衝動などの象徴です。

具体的には、
●貴方の潜在エネルギー・能力を表わす。
●若い人が見る龍の夢は雌伏(しふく)の時を表わす場合が多いです。
力を養いながら自分が活躍する事を確信し、時を待ちます。
その結果思わぬ程の幸せを手にするという意味です。
●その潜在エネルギー・能力を顕在化し生かす事により龍の夢の持つ吉夢が実現します。
眠れる龍のままで終わらすか、生かし切るかは貴方の行動力に掛かっています。
+++

ドラゴンがどう登場したかとか
他にも諸説はあるのだけれど、
心当たりがありすぎて驚いた。


というのも、先日、
担当仕事をやめるための話を上司にしたからなのだ。
(私がやらないのではなくて、その仕事自体をやめるという意)

プレゼン資料までつくって。

自分の進退もかけて、
本当にやりたいことをやるための提案でもあった。


結果、受け入れられて、
この5年間やってきた私のメイン仕事に区切りをつけることに。
(もちろんすぐにはやめられないけど、内々には一応区切り)


5年で終わった、ではなく、終わらせるのに5年かかった。


必死に守ってきたものなのに、
今はそんな心境に。


で、呪縛から解放されたすがすがしさと同時に訪れたのは
ここから本当の意味での自分が試される、という
鼓舞とプレッシャーがごちゃ混ぜになった感情。





そんなわけでの、ドラゴンなのかな、と。



不安もすごく大きかったから、

啓示とかって好きじゃないけど、啓示なのかな、と。





あ、ちなみに、奇声はあげませんでしたが、
テディと狂ったようにオモチャで遊んで、
壁に穴があきました。しかも2か所。

そして終盤、テディに「母ちゃんおかしいかも?」と
心配され怖がられました。


わははは。
すまん。


今日は平常心ですよ。


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犬ブログじゃないでーす

01 23, 2015
大事なことなので二度言いますが、
犬ブログじゃないです。
んでもって予め、桑田佳祐の言葉を借りるなら、
「他意はまったくございません」



私、割と本を読むほうだと思います。
小説ばっかり。
本の虫とまでは言えませんが。

で、何かあったりすると、
ふわっと脳裏に、昔読んだ本とか、
何かで印象に残っていたセリフが蘇ってきたりするものなんです。



今日は通勤電車の中で、
伊坂幸太郎著『砂漠』の
好きなシーンとセリフがよぎりました。

えーと、正確なセリフなんだっけ?と思ってネット見たら
伊坂幸太郎の著書は名言(と言われているもの)がたくさんあるんですね。
私の思い出した部分もあったので、
以下、コピペ。



+++

西嶋が保健所からドーベルマンを保護してきたときのくだり↓


「たとえばね、手負いの鹿が目の前にいるとしますよね。脚折れてるんですよ。で、腹を空かせたチーターが現れますよね。襲われそうですよね。実際、この間観たテレビ番組でやってましたけどね、その時その場日いた女性アナウンサーが、目に涙を浮かべてこう言ったんですよ。『これが野生の厳しさですね。助けたいけれど、それは野生のルールを破ることになっちゃいますから』なんてね」
「助けりゃいいんですよ、そんなの。何様なんですか、野生の何を知っているんですか。言い訳ですよ言い訳。自分が襲われたら、拳銃使ってでも、チーターを殺すくせに、鹿は見殺しですよ」


もいっちょ↓

「あのね、目の前の人間を救えない人が、もっとでかいことで助けられるわけないじゃないですか。歴史なんて糞食らえですよ。目の前の危機を救えばいいじゃないですか。今、目の前で泣いてる人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」


しかもこの後、西嶋は「保健所のページはもう見ない」とか言うんですよね。
しかもドーベルマンは女の子に押し付けるから、
またそこが、めちゃくちゃで、もはや清々しい(笑)

+++


伊坂幸太郎の作品ってむごたらしいこと多いけど、
登場人物のセリフが軽快で、清々しくすらありますよね。

『重力ピエロ』に出てくる、

「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」(春)

というのが、ほんとそのまんま。


初めて読んだ『オーデュボンの祈り』で、
ラスト(ネタバレ!!!)、主人公の「この島に欠けているのは音楽だ」に、
賞賛という意味でぶったまげてからというもの大好きです、伊坂幸太郎。

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【犬なし犬ブログ・閲覧注意】日本の政治のはなし

07 02, 2014
--【お断り】---
今回は犬ブログとはかけ離れていますので、
気分を害される方は読まないで!




日本に生まれて30ウン年。
初めて、動揺するくらい、
政府に対して憤りと恐れを抱きました。


憲法を変えられないから解釈を変えようって、そんなバカな。
閣議決定が憲法を縛るって、
もはや三権分立崩壊しましたよね。


まず、そのことが一番恐ろしい。




それから昨日行われた安倍総理の記者会見。
なんなんでしょう、あのチンプさ。
冒頭発言も、質疑応答も、まったく中身がない。
そして曖昧さとごまかしと嘘にまみれていた。


嘘やごまかしについては、これを読むとわかりやすい↓
「集団的自衛権」のリアル



冒頭発言の〆に安倍総理が放った

「私は、今後とも丁寧に説明を行いながら、
国民の皆様の理解を得る努力を続けてまいります」

という言葉には、思わず絶句。
体温下がったよね、まじで。


これまでも、昨日のも、説明とは言わない。


これはもう本当に、相当に、
バカにされていますね、私たち。という憤り。



そして公明党のやりきれなかった感も半端ない。
学会関係なしに、今回は公明党が一縷の望みだったはず。
ここまでの楽観が原因で最後にグイと押し切られたはずなのに、
「極めて限定的で抑止力があり、懸念する事態にはならない」だなんて
その口でよく言えたもんだと思う。


公明は自民との離別を選ぶと思っていたのに。
公明が折れたことは、本当に悔しい。



集団的自衛権の行使とか、そういうこと以前に、
いよいよ恐ろしいことになってきたな、
と心底思った今回。



憲法改正という手続きを踏まなければならないことだった。
そうはできない(そうはしない)理由を、急がなければならない理由を、
政府はもっと真剣に、正直に、国民に説明するべきだった。
必死の形相で説得する相手は、公明党ではなく、国民だったはずだ。




この恐怖や憤りをじっくり長く腹にためて
頭だけは冷静に、見極めていかないと。


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PROFILE

Author:apelila17
タオ
・1998年生まれのプリティーネコ
・ダンナの正妻

テディ
・E.コッカーの男の子
・2012年9月15日生まれ

ブログ管理者のApelila17は編集者

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